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神戸地方裁判所 昭和45年(つ)3号 決定 1970年10月08日

請求人 大石司

決  定

(請求人氏名略)

右の者の請求にかかる被疑者桑原武志に対する刑事訴訟法第二六二条に基づく付審判請求事件について、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件請求を棄却する。

理由

一本件審判請求の要旨

本件審判請求の要旨は、「被疑者は、兵庫県巡査部長であり、神戸市生田区三宮町二丁目四四番地の一所在の生田警察署に知能犯係として勤務する者であるが、同署二階の知能犯係取調室において、業務上横領等被疑事件の被疑者として同署に逮捕勾留されていた請求人を取り調べるにあたり、請求人が虚偽の供述をすると憤慨し、

(1)、昭和四四年六月二八日ごろから同年七月三日ころまでの間数回にわたり、請求人が右耳の疼痛および血清肝炎紅斑性狼瘡による顔面の発疹につき医師による診察と治療を求めたのにこれを無視して診療等を受けさせず、もつて陵虐の行為をなし

(2)、同年七月上旬ごろ、二回にわたり請求人の頭髪を掴んで前後にゆする暴行を加え

(3)、同月中旬ごろ、請求人の胸部にポールペンを一本投げつけて暴行を加え

(4)、同月七日ごろ、一〇日ごろ、一四日ごろ、一七日ごろおよび二二日ごろの五回にわたり、請求人に両手錠を施し、外部から望見可能な窓際に約一時間ないし三時間窓に向つて佇立させ、よつて陵虐の行為をなし

(5)、同月上旬ごろから同月末ごろまでの間七回位にわたり、同署において、氏名不詳の警察官に対し、前記顔面の発疹を梅毒に基因する不潔なものであると言いふらして侮蔑し、もつて陵虐の行為をなし

(6)、同月末ごろ、請求人の顔面に貸付明細書四枚を投げつけて暴行を加え

たものである。

よつて請求人は、昭和四五年五月九日付書面により右事実について被疑者を大阪地方検察庁(同年六月一五日神戸地方検察庁に移送)に、同じく同月一九日口頭にて神戸地方検察庁に告訴したところ、神戸地方検察庁検察官田淵文俊は同年八月一三日同人を不起訴処分に付し、請求人は同月一四日その旨の通知を受けたが、右処分に不服であるからこの事件を裁判所の審判に付することを請求する」。

というにある。

二、当裁判所の判断

よつて案ずるに、本件記録によれば、本件付審判請求の原因となつた不起訴処分は、昭和四五年八月一四日神戸拘置所在監中の請求人に通知され、請求人は同月一七日に付審判請求状と題する書面を作成し、翌一八日係官に右書面を発信したい旨願い出たが、当日請求人を大阪拘置所に移監する予定になつていたため、係官から大阪拘置所に着いてから発信するよう勧められ、請求人は控訴提起期間と同様付審判請求期間も二週間であると誤解していたため右勧めに従い、大阪拘置所に移つてから一部を書き直したりした上同月二〇日又は二一日に発信願いを出し、同月二一日所長決裁を経て右請求書は同日ごろ投函され、同月二三日神戸地方検察庁に受理されたことが認められる。

右認定事実によれば本件付審判請求書は刑事訴訟法二六二条二項所定の七日の期間を経過した後に神戸地方検察庁に受理されたことが明らかであるから、本件請求は請求権の消滅後になされた不適法なものというべきである。

しかしながら請求人が大阪拘置所長に右請求書を差し出したのは期間最終日の昭和四五年八月二一日であることは前認定のとおりであるから、後述するように明文はないが在監者の上訴に関する規定を準用または類推適用して、本件請求を適法とみる余地があるかどうかについて検討する。

刑事訴訟法三六六条一項は「監獄にいる被告人が上訴の提起期間内に上訴の申立書を監獄の長又はその代理人に差し出したときは、上訴の提起期間内に上訴をしたものとみなす。」と規定しており、これを受けて刑事訴訟規則にさらに詳細な規定が設けられている(同規則二二七条、二二八条)。而してこれら諸規定は上訴権回復の請求、再審請求、訴訟費用の裁判の執行免除の申立等に明文で準用されているのであるが、これはいずれも在監被告人の便宜を図つた特別の規定と解せられる。蓋し上訴に限定してみても、前記三六六条一項の規定がなければ、在監被告人の上訴といえども申立書が原裁判所に到達しなければ上訴したことにならず、そうすると在監者の場合は書類を外部に発信するのに一定の手続を要し、その手続にある程度の時間を必要とするので、それだけ非在監者にくらべ提起期間が短縮され、又場合によつては係官が忘失することによつて事実上上訴をなし得ないという不利益を蒙ることとなるからであり、この理は三六六条が準用されている他の場合も同様である。そうだとすれば、在監者であつて付審判の請求をしようとする者も、前叙のような不利益を蒙るおそれがあることは上訴等の場合と異ならないにもかかわらず。既述のとおり三六六条を準用する旨の明文が存しないのは何故であろうか。

思うにそれは上訴あるいは刑事訴訟法三六六条が準用されている他の場合は、申立人が裁判等公権力の行使により直接不利益を受ける時にそれに対して不服を申立てる場合又はそれに準ずる場合であるが、これに反して付審判の請求は刑事訴訟法二六二条一項所定の犯罪について告訴又は告発をした者が、検察官の不起訴処分に対し不服がある時に請求できるのであり、告訴人、告発人は検察官の不起訴処分により自己の身体が拘束されあるいは財産権が侵害される等直接の不利益を受けるわけではないことによるものと考えられる。(このことは告発人にも付審判の請求権が認められていることから一層明白であろう。蓋し告発は犯罪があると思料するときは何人でもなし得るものであるから。)

さらに、検察官のした不起訴処分に対する不服申立の方法として検察審査会に対する審査の申立が認められているのであるから付審判請求が期間徒過を理由に排斥されても告訴人、告発人の不服申立の方途が全くとざされるわけではない。以上の次第であるから、付審判請求について刑事訴訟法三六六条一項の規定を準用又は類推適用することは少なくとも解釈論としては相当でないというべく、従つて本件請求を適法とみる余地はないことに帰する。

三、結語

よつて、その余の点について判断するまでもなく、刑事訴訟法二六六条一号により主文のとおり決定する。

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